東京大学生産技術研究所の池内与志穂(いけうち よしほ)准教授らの研究グループは、ヒトiPS細胞から、大脳の領域同士の「つながり」をまねた人工神経組織を作製することに成功した。
人工神経組織、原典:iScience
同研究グループは、まずヒトiPS細胞から2つの大脳神経細胞を作製。これらを軸索(じくさく)が束状にあつまった組織で両者をつなぎ、大脳束状神経組織の作製に成功した。
軸索とは、神経細胞の一部で、電気信号(活動電位)を伝える役割を果たしている。
脳の冠状断面、原典:Wikipedia
ヒトの脳は主に大脳、小脳、脳幹の3つに分けられる。大部分を占めているのが大脳で、他の動物と比べて発達している。
大脳の表面に広がる大脳皮質は、神経細胞の灰白質の薄い層である。ここで運動制御や言語処理、視覚情報処理などが行われており、機能ごとに異なる領域に分かれている。
離れた領域間は、白質(はくしつ)の部分にある、軸索(じくさく)が束状になった組織でつながっている。それぞれの領域で処理された情報はこの束状組織を介して伝えられる。
束状組織の配線は非常に複雑である。脳内の回路が作られるしくみや脳が働くしくみを解析するためには、単純化したモデルが必要であった。
そこで、同研究グループは、離れた2つの大脳の領域を軸索の束でつないだ構造を模倣した人工神経組織を作製した。
人工神経組織の作製方法の概略図、原典:iScience
A:使用したマイクロデバイスの写真
破線部に2つの丸いチャンバー(細胞塊)とそれをつなぐ細いチャネル(軸索束)があり、一つの軸索束組織が作製できる。
B:iPS細胞を大脳神経へ分化させ、25日目にマイクロデバイスへ移し培養。
C:35日目頃になると、チャネルの中に多数の軸索が伸長
D:50日目頃になると、チャネル内の軸索が束状の組織となる
人工神経組織の電気生理学的な解析(カルシウムイメージング法)、原典:iScience
人工神経組織の片方を電気的に刺激すると、もう片方の大脳組織でも信号が検出された。ことから、2つの大脳組織間で情報のやりとりが行われていることが確認できた。
L1CAMという遺伝子に突然変異が起こると、脳内最大の軸索束で左右の大脳をつなぐ脳梁(のうりょう)を欠損する症状が発生する。
このL1CAMの機能を欠損させて解析を行ったところ、軸索束の形成効率が大きく低下した。
このことから、今回作製した大脳束状神経組織は、生体内の脳組織と同様のしくみで軸索束が形成されていることが証明できた。
人工神経組織(長さ1cmほど)、原典:iScience
今回の研究成果は、大脳内の神経回路の解明や、関連する疾患の研究などに役立てることができるだろう。
脳は解明されていないことが多い臓器である。通常、全体の1割程度しか働いていないとも言われている。
脳の研究が進めば、人類は大きく変わるかもしれない。