素人が新聞記事書いてみた

新聞記事のつもりでブログを書いています。

【皇紀】2678年12月25日

今日はソビエト社会主義共和国連邦(通称「ソ連」)が崩壊した日だ。

ソ連がいつ崩壊したのか?」については、異なる見解の方もいるので正確に表現する。

平成3年(1991年)12月25日、ソ連大統領『ミハイル・セルゲーエヴィチ・ゴルバチョフ』が、ソ邦の終焉と辞任を表明した。

当時のテレビや新聞は、この出来事を大々的に報道していた。

中高年の方の多くは覚えていることだろう。(失礼!)

 

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ソ連は、大正11年(1922年)から平成3年(1991年)まで、ユーラシア大陸に存在した共和制国家である。巨大な領土を誇る国家で、解体時の領土は約 2,400万km²。現在のロシア連邦より大きく、日本の50倍以上あった。

そして、連邦国家だった。

連邦とは、複数の国又は州が、1つの主権の下に結合して形成する国家形態である。簡単に言うと、国の中に国があるという感じだ。

 

ソ連は、人類初の社会主義国だった。

社会主義国とは、憲法などに「社会主義」を国家理念・国家政策として掲げる共和国のことである。共産党が政権を担っているだけでは社会主義国とは言えない。狭義にはマルクス・レーニン主義を掲げる国家を言う。広義には社会主義的諸政策を推進している国家をいう。現在、社会主義国と呼ばれる国は、支那北朝鮮ベトナムラオスキューバである。

 

ソ連は「狭義の社会主義国」だった。特徴は、ソビエト連邦共産党による一党独裁、生産手段の国有化、中央集権、計画経済、官僚制などである。そして、致命的な欠点がいくつかあった。

社会主義国は、まず富を国家に集中させる。自分の土地や建物などの資産を素直に国家に差し出す人ばかりではない。そのため、この過程で多くの血が流れる。社会主義国に軍事大国が多い理由の一つは、自国民を抑えるためである。

社会主義は平等で公正な社会を目指す思想だが、その実態は資本主義以上に不公平なものと言える。社会主義国の国民は、富を与える側と、受けとる側に分けられる。富みを与える側は共産党の上層部など、受け取る側は大多数の国民である。

更に、一党独裁のため、司法や立法、行政より共産党の方が上という社会構造になる。つまり、共産党で出世すればやりたい放題ができる。ソ連が崩壊した時、多くの国民は貧困で苦しんでいたが、ごく一部のエリートは莫大な富を持っていた。

致命的なのは、競争原理が働かないということだ。自動車メーカーを例にとってみる。現在、日本には10社程度の自動車メーカーがある。しかし、以前には100社以上存在していた。今ある自動車メーカーは競争に勝ち、生き残った企業なのだ。世界をみても、自動車メーカーが強い国は、日本や米国、ドイツなどの資本主義国が圧倒的に多い。

社会主義国は理想ではある。しかし、現実とのギャップは余りにも大きかった。

 

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ソ連崩壊後の独立した連邦構成共和国
1.アルメニア、2.アゼルバイジャン、3.ベラルーシ、4.エストニア、5.ジョージア、6.カザフスタン、7.キルギス、8.ラトビア、9.リトアニア、10.モルドバ、11.ロシア、12.タジキスタン、13.トルクメニスタン、14.ウクライナ、15.ウズベキスタン

出典:Wikipedia

 

ソ連は崩壊し、15の国に分割された。

ソビエト連邦共産党が行った壮大な社会実験は失敗に終わった。