素人が新聞記事書いてみた

新聞記事のつもりでブログを書いています。

【皇紀】2681年10月27日

今日は「フランス移民暴動」が起きた日だ。日本では「2005年パリ郊外暴動事件」などと呼ばれている。

 

平成17年(2005年)10月27日、フランス・パリ郊外で、北アフリカ出身の若者3人が警察に追われて逃げ込んだ変電所で感電し、死傷した。

これを機に、約3週間に渡りフランス各地で暴動が発生した。

少なくとも、8,000台を超える車が放火され、2,760人超が逮捕された。

 

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フランス暴動で放火された車、出典:Wikipedia

 

平成17年(2005年)10月27日午後5時過ぎ、パリ東のセーヌ=サン=ドニ県クリシー=ス=ボワで、工事現場のバラックに押し入ろうとしていた若者グループが、通報によって駆けつけた警察官に不審尋問を受けた。

6人が身元を調べるため警察署に連行されたが、3人が逃走した。

3人は現場から数100m離れた変電所に逃げ込み、 2人が感電死し、残る1人も重傷を負った。3人は北アフリカ出身。

 

同日夜、数10人の若者が消防や警察に投石したり、車に放火するなどの暴動を起こした。

これを機に、他の地域でも暴動が発生。

10月30日にはセーヌ=サン=ドニ県で、警察が暴動鎮圧のためモスクに催涙弾を投げ込んだ。これが火に油を注ぐ結果となった。

暴動はフランス全土に拡大し、約3週間続いた。

 

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フランス暴動の際に放火された車、出典:Wikipedia

 

暴動は主に移民の多い地区で起きた。

当時のフランスの人口は約6200万人で、うち移民は約440万人。フランスの若年層(18~24歳)の失業率は20%を超えていたが、移民の多い地区では40%を超えるところもあった。

暴動の原因は、失業や差別などによる不満が一気に爆発したものとみられている。「民度が低いから」との指摘もある。

 

フランス政府は以降、有用な技能・資格や修士以上の学位保有者に対する滞在許可を与える一方、滞在許可を従来より厳しくした。不法入国者の合法化制度も廃止した。

 

フランス移民暴動は大事件だったが、日本では余り報道されなかった。

日本では近年、移民が急増している。

現時点では、日本において外国人犯罪率は高くないが...不安ではある。