東京大学と日本電子株式会社の共同開発チームは、世界で初めて、鉄や磁石などの磁性材料の原子が直接見える電子顕微鏡を開発した。
電子顕微鏡とは、試料(観察したいもの)に、電子線をあてて拡大する顕微鏡のことである。通常の顕微鏡は光をあてて拡大する。
電子顕微鏡は、現在用いられている全ての顕微鏡の中で最も高い分解能(試料を測定・識別できる能力)を持つ顕微鏡だ。しかし、これを実現するためには、試料を強い磁場の中に入れて観察する必要があった。このため、磁場の影響を受ける鉄や磁石などの磁性材料の原子を観察することは困難だった。
通常の顕微鏡(上)と今回開発した電子顕微鏡(下)の断面模式図、原典: Nature Communications
共同開発チームは、試料室を磁場のない環境に保つことができる全く新しい対物レンズを搭載した電子顕微鏡を開発した。
新しい対物レンズは、通常の対物レンズを上下に2つ組み合わせて、1つのレンズとして用いるかのような構造(上のイラスト下左を参照)をしている。
試料はこの上下レンズの間に挿入(上のイラスト下中参照)して観察する。この際、上下のレンズ磁場を逆向きに発生させることにより、試料上で磁場同士がちょうど打ち消し合ってほぼゼロになるように調整する。
その結果、試料が設置されるレンズ内部の磁場強度を0.2ミリテスラ以下に抑えることに成功した。これは通常の対物レンズ内部の磁場の1万分の1以下であり、観察に影響を及ぼさない磁場フリーな環境といえる。
情報元:Atomic resolution electron microscopy in a magnetic field free environment | Nature Communications
開発した電子顕微鏡がとらえた窒化ガリウム(左)と電磁鋼板(右)の原子、原典: Nature Communications
電子顕微鏡が誕生してから88年目の快挙である。昭和6年に電子顕微鏡が開発されて以来、磁力を帯びた物質の原子を電子顕微鏡で直接、観察したの世界で初だという。
これまでの電子顕微鏡では、試料(観察したいもの)に磁力が当ってしまうため、鉄や磁石などの磁性材料を観察するためには特殊な加工が必要だった。
これを解消するため、磁力を当てずに観察することが可能な電子顕微鏡の研究・開発を進めていた。実現までに5年かかった。
今後、磁石や鉄鋼材料、磁気デバイス、磁気メモリー、磁性半導体、スピントロニクス、トポロジカル材料など、様々な材料やデバイスの研究開発を格段に向上させる契機となることが期待される。特に、電気自動車で使われる永久磁石の技術を向上させる可能性は高い。
今回の電子顕微鏡の開発は、JST(科学技術振興機構)「先端計測分析技術・機器開発プログラム」である。これは将来の創造的・独創的な研究開発に資する先端計測分析技術・機器及びその周辺システムの研究開発を支援するもの。
この成果は政産学、つまり、政府と民間企業と教育・研究機関が協力したため可能となった。オール・ジャパンの勝利と言える。