今日は朝日新聞が創刊した日だ。
朝日新聞は読売新聞に次いで、日本で2番目に発行部数の多い新聞である。
令和2年10月時点のABC部数は、朝刊が約495万部、夕刊が約151万部。
明治12年(1879年)1月25日、朝日新聞創刊号(第1号)が大阪で発行された。1部1銭で、4ページ。約3,000部が印刷された。
明治21年(1888年)7月10日、 「東京朝日新聞」を創刊。翌年1月から大阪で発行される新聞は「大阪朝日新聞」とする。
明治37年(1904年)1月5日、大阪朝日新聞でコラム「天声人語」を掲載開始。当初は必ずしも一面掲載ではなかった。
大正4年(1915年)10月10日、大阪朝日新聞で夕刊の発行を開始。
昭和15年(1940年)9月1日、大阪朝日新聞と東京朝日新聞の題号を「朝日新聞」に統一。
昭和20年(1945年)8月23日、社説「自らを罪するの弁」で、戦意高揚など自社の戦争責任を告白した。
昭和25年(1950年)9月27日、伊藤律会見報道事件。
昭和40年(1965年)1月1日、日本の新聞として初の発行部数500万部突破。
昭和43年(1968年)3月、日中記者交換協定に同意。
平成23年(2011年)5月18日、ニュースサイト「朝日新聞デジタル」創刊。
平成26年(2014年) 9月11日、木村伊量社長らが、5月20日付朝刊の「福島第一原発の社員が吉田所長の待機命令に違反し、撤退した」とする記事を取り消し謝罪した。同時に、吉田証言に基づく従軍慰安婦強制連行に関する記事も取り消し謝罪した。
朝日新聞東京本社(東京都中央区築地)、出典:Wikipedia
戦前、朝日新聞の論調は今とは真逆だった。対外強硬論を主張し、国民を煽り続けていた。しかし、日本が負けると、朝日新聞は手のひらを返した。
先の大戦は「大東亜戦争」と呼ばれていたが、GHQはこの呼称を新聞などで使うことを禁止した。「太平洋戦争」という呼称を始めて使用したのは朝日新聞である。
朝日新聞は南京大虐殺や従軍慰安婦、徴用工なども積極的に報道した。結果、これらを事実だと信じる人が増えてしまった。
東京都中央区築地にある朝日新聞東京本社の土地は、もともと国有地である。朝日新聞はこれを格安で手に入れたという噂がある。
月刊ベルダによると、朝日新聞東京本社の土地は時価420億円。取引は2本の契約により複雑化されている。正確な金額は定かではないが、朝日新聞はこの土地を格安の金額で手に入れたことになる。
情報元:記事: 2017年5月号: 朝日新聞の詐欺的国有地取得 - 混迷の時代を読む総合情報誌月刊ベルダ
元財務官僚の髙橋洋一氏も、同様のことを言っている。
この朝日新聞が「森友学園に国有地を不当に安く売却した」として、安倍総理らを批判していた。この土地の時価は10数億円とみられる。
森友学園問題は不起訴処分となっている。あんなに騒ぐのが異常である。
朝日新聞は自分が甘い汁を吸うのはいいが、敵対する相手に対しては難癖をつけ攻撃する。
朝日新聞の購読者は「何か変なことを言っているな?」と疑問を持たないのだろうか。